20世紀的脱Hi-Fi音響論(延長11回)

 我がオーディオ装置はオーデイオ・マニアが自慢する優秀録音のためではありません(別に悪い録音のマニアではないが。。。)。オーディオ自体その時代の記憶を再生するための装置ということが言えます。「PIEGA現わる!」は、これまでピュア・オーディオなるものには、むしろ反対の立場を取っていた筆者の改心ともいうべき出来事が切々と綴られています。


PIEGA現わる!
【購入理由】 【候補となった機種】
【試聴結果】 【ジャンルを問わない華麗さ】
【音調を整える】 【ドイツ製の音響機器】
【日本製でもドイツ・デザイン】 【スイス製の血筋】
自由気ままな独身時代
(延長戦)結婚とオーディオ
(延長10回)哀愁のヨーロピアン・ジャズ
(延長12回)静かにしなさい・・・
(延長13回)嗚呼、ロクハン!!
(延長13回裏)仁義なきウェスタン
(試合後会見)モノラル復権
掲示板
。。。の前に断って置きたいのは
1)自称「音源マニア」である(ソース保有数はモノラル:ステレオ=1:1です)
2)業務用機材に目がない(自主録音も多少やらかします)
3)メインのスピーカーはシングルコーンが基本で4台を使い分けてます
4)なぜかJBL+AltecのPA用スピーカーをモノラルで組んで悦には入ってます。
5)映画、アニメも大好きである(70年代のテレビまんがに闘志を燃やしてます)
という特異な面を持ってますので、その辺は割り引いて閲覧してください。



PIEGA現わる!


【購入理由】


 購入の動機はいたって単純だった。現在のニアフィールド・スピーカー+スタンドというのが、赤ちゃんがハイハイするのに不安定で危険だという妻の進言だった。これに対する私の反応はいうまでもない。新スピーカー購入の天からの声だと信じたのである。次の週末にはひとり秋葉を徘徊していた私が居た。

 
 赤ちゃんが動き回れば危険と感じられるトップヘビーな外観

 
 購入の原因となった天使(笑)

 ページ最初へ



【候補となった機種】

 候補の前提となったのは以下のとおりだった。
1.トールボーイもしくはスタンド一体型
2.予算はペア50万前後
3.スタイルの良いこと

 この頃、ヨーロピアン・ジャズなどをオサレに聴きたいなんて妄想が強かったせいか、デザインから入るというのが今回のコンセプトになった。この基準で考えたのが以下の機種。富士通テン以来、何となく奇抜なデザインが好きなのだ。
エントリーNo.1
富士通テン TD712z

・現状の代替品
・調整など考えなくて済む
・フォルムがすばらしい
エントリーNo.2
SolidAcoustics 755Pro

・形状が奇抜(普通じゃないのがイイ)
・呼吸球は理論的に興味あり
・ジャズステージでの実績あり
エントリーNo.3
PIEGA TWEN

・憧れのスイス・デザイン
・20年記念モデル
・音も良いという噂


 ページ最初へ


【試聴結果】

 秋葉広しといえどこれら全てを置いてある店などない。3軒をはしごすることとなった。SolidAcousticsはトモカ電気、PIEGA TWENと富士通テンTD712zはダイナミック5555、PIEGAのTWENとTC50の比較がサウンドクリエイトだった。

 最初のトモカ電気は設備PA用という説明を続けていたが、実際の音も中規模のホールで鳴らしてちょうど良い感じで妙に納得した。呼吸球はさすがにスウィートスポットが広いけど、昔のBOSEのような大まかな鳴り方であまり釈然としない。ダイナミック5555は客足が激しいのであまりゆっくり試聴できないのと、爆音で鳴らしてどうだ!と言わんばかりのアプローチで自分には門外漢。こういうのは大体、人の話もゆっくり聞いてもらえる場所が良い。電話での煩雑な問い合わせで店員が対応できないのと、試聴する前を悠然とウロウロする客の多いこと。そういう意味でサウンドクリエイトは良い時間を過ごさせてもらったように思う。試聴時間の予約を取って置いたのも良かった。試聴中に輸入代理店のヒューレンの人も来たりして、終止和やかな感じで終わった。

 TC50とTWENの聴き比べは、TC50がフロア型のゆったりした鳴り方なら、TWENは全くのニアフィールドの鳴り方。背丈、横幅は同じなのに、全く違う音場なのに驚いた。そして気付いたのが、今の自分のスタイルが意外に緊張感の高い音だったということ。もうひとつは、TC50の中域は抜けだしが明瞭で、高域のリボンでトーンを決まらないようにマイルドに仕上がっていること。ボーカルが繊細なだけに留まらず、体温が感じられる厚みもあったのはとても好感が持てた。他で試聴したTWENとTD712zは共に高域上がりのトーンで、ニアフィールドのスタイルに押し留まる感じだった。TC50のアルミ押出し成型の台形箱は、ユニット固定のアースもしっかりしていてベースのタイトさも良好。この点は富士通テンの構造的特徴を知って以来、外せない要点のひとつだ。何と言ってもアルミ押出し材のシームレスな造形美を堪能できるのがワンランク違うなにかを感じさせる。

 結局、試聴して決めたのは、何の脈略もなく聴いてみたPIEGA TC50でした。

 
 PIEGA現る!テレビ台も変えて銀ギラギンに!

 ページ最初へ



【ジャンルを問わない華麗さ】

 何となく気まぐれで購入したかに見えたPIEGA TC50だったが、意外なサプライズもあった。今まで散々苦労を強いられた50年代ドイツ放送録音、60年代ロック、70年代テレビまんが、などなどが驚くほど明瞭に鳴り渡るようになったのだ。

唄うエノケン大全集(1935〜1949年)
榎本健一

浅草系ボードビルの榎本健一の全盛期を録音したポリドール盤を集めたもの。いずれも東京限定ともいえる稀少盤だそうで、映画ではあれほど人気者だったエノケンにしては意外な感じがしないではないが、しっかりしたコレクターに恵まれてSP盤質は非常に良い。復刻はスクラッチノイズをあまりカットせずに情報を最大限に引き出すほうを選んでいる。エノケンの声は江戸の街角芸人の伝統を引き継ぐもので、屋外で鍛えたすこししゃがれた声はとてもダイナミックレンジが広く、収録での音割れが時節聞こえる。ここでのPIEGAのサプライズは、SP盤のスクラッチノイズが尾を引かずほとんど気にならないので、大型ホーンにも見られるレスポンスの鋭さを証明する。この立ち上がりの鋭さによりエノケンの声の生々しさも表出する素晴らしい体験ができる。浅草界隈のジャズバンドもしっかりした演奏で、コミックソングだからといって決して手を抜かない。その真面目さがあってエノケンの芝居が生きてくるのだと確信できる。
マーラー:交響曲4番(1939年)
メゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウo

希代のロマンチスト、メンゲルベルク唯一のマーラー全曲録音。マーラー存命時にチクルスを組んだ数少ない指揮者で、2ステージで作曲家と指揮を交替して聴き比べをしたという厚い信頼関係があった。しかし録音はアセテート盤へのダイレクトカットという貧しさの限りだが、この再現がPIEGAのサプライズだ。音の抜けだしと自然な色彩感、牧歌的なホルンとフルートの絡みなど、アール・ヌーヴォー風のアンニュイな風味に完全に呑み込まれてしまう。この当時からテレフンケン製のコンデンサーマイクは使われてたと思われ、驚くべき歴史の邂逅を思い起させる。
バッハ:オルガン作品集 (1947年)
ヘルムート・ヴァルヒャ(org)リューベック、ヤコブ教会小オルガン使用

ドイツ録音で何を取り上げようかと思ったが、マグネトフォン使用で程度の良いものを紹介する。戦後まもない録音だが、音楽のアルヒーフ(図書館)を形成しようとしたこのレーベルの科学的かつ芸術的なアプローチの典型的な録音例である。同じ時代に英米レーベルが出張録音したものには造り込んだ感じの音が多いなか、素直に1本のマイクで収録されたモノラル録音は実に面白い。リューベックにあるバロック時代の楽器の少しアンバランスな音世界を脈実に残している。低音域が膨らんで音の遅れる感じや、表に増築されたユニークなリード管の響き、ややくぐもった位置にあるやさしいポジティーフなど、この楽器のもつバロックな肌合いが、まだ若い青年ヴァルヒャの新古典的な造形美で生け花のように束ねられた感じだ。ヤコブ教会の前任者は作曲家のヒューゴー・ディストラーで、1935年のオルガンの修復にも先陣を切った。この作曲家の残した新古典主義とバッハとの邂逅が、実はこの録音の最も大きな聞き所かもしれない。PIEGAではこのオルガンと演奏者の対称性がより明確に、しかもうるさくなることなく再生される。もちろん60年前の録音技術と現在の再生技術との邂逅も楽しめる。
ベートーヴェン:交響曲3番「英雄」 他(1953)
トスカニーニ指揮NBCso

ドライで堅固な演奏で知られるトスカニーニだが、晩年のカーネギーホールでの録音には比較的潤いがあると云われる。それでもやはり録音年代の限界か、NBCの放送用に録られたのか不明だが、ギスギスした感触はいつまでも残る。ほとんどの人はトスカニーニを骨と皮だけの演奏家と感じていないだろうか。しかしここにもPIEGAのサプライズがある。全体に潤いがあるのはいうまでもなく、細部の音の流れが分離され筋肉質な中に柔軟なカンタービレがほとばしるほか、楽曲の構造を見透かすようなアンサンブルの妙が聴けるなど、ザッハリッヒの最高の見本を聴くように思う。絶えず躍動するムーブメントとしての造形に触れる思いで頭が下がる。PIEGAのスイス・デザインの源流がバウハウスなら、その時代とリンクしているという意味でも、意外な発見だった。
Live at the BBC(1962〜65)
ザ・ビートルズ

ビートルズが他のロックバンドを大きく突き放して人気があったのは、もちろん才能もあるだろうが、お堅いBBC(当時はネクタイ&スーツでしか局に入れなかった)が唯一もってたロック番組「サタディ・クラブ」での独占出演だった。逆に言えば当時のロックやブルースの類は、とても高価なレコードを買うか、アングラのクラブに入らなければ聴けないのを、一気にお茶の間の健全な若者に届けたのがビートルズだった。そのモニュメントの記録がこれである。しかしColes 4048というリボンマイクで、しかも宙づりのオフマイクで録られた番組収録は、カビくさいモゴモゴした音で(古いEMIトーンに似てる)、AM放送をエアチェックしたようなノスタルジックな録音である。しかしここにもPIEGAのサプライズがある。Vox製のギターアンプから奏でたエレキの音はスッキリと抜けて、オフマイクで収められたドラムの音も全体のアンサンブルのなかで正確なバランスで鳴っている。シャウトで咽を潰して歌うポールのボーカルの押出しも良好である。これがBBCの正規音源だというのが改めて判る内容だった。
ロイヤル・アルバート・ホール・ライブ(1966年)
ボブ・ディラン&ザ・バンド

ボブ・ディラン初のロンドン公演だが、熱い観衆と舌戦を交えるなど、闘うロックンローラーの最前線が聴ける。アコギとブルースハープでプロテスト・ソングを歌う情緒豊かな青年は、いつしかハードプレイのロック・バンドを従え都会的な愛憎を歌うようになっていた。そのお披露目をロンドンでやってしまったのだから、観客のアレルギーは相当なもの。しかしこの歴史的なコンサートも、当時の録音技術というか、現地での録音クルーの錯綜ぶりが災いして、前半のNAGRA製レコーダーのアコースティック・ステージはまだしも、後半のAmpex製マルチレコーダーでのエレクトリック・ステージはリミッター掛かり離しの潰れた音響で霹靂する。世に言う悪音ライブの典型である。しかしここにもPIEGAマジックがある。ギター、ドラム、キーボード、ベースと全ての音が分離し、ディランのボーカルが迫ってくる。ザ・バンドのブギウギに通じる少しファンキーでブルージーな感覚も判り、ディランの諧謔な感じがより一層鮮明になる。単純にアメリカン・ロックの割り切りで聴くべきではないと反省した。
ルパン三世(1971〜72年)

青ジャケのルパン三世、ファーストTVである。チャーリー・コーセーのアドリブ風のサウンド・トラックが非常に素晴らしく、コレ抜きではルパン三世のお洒落度は語れない。しかし当時使われたシネフィルの宿命か、磁気テープの劣化で高域は硬く縮こまり、乾いた音なのにキレが悪いという最悪のコンディション。ここにもPIEGAのサプライズがある。ギターリフの余韻があふれ、チャーリー・コーセーの薄っぺらい声にもエコーがきっちり乗る。もちろん台詞の自然さも当時を思い起させるに十分なもので、テープ劣化で埋もれていた情報がすっきりと聞き取れる。それなのに高域を強調したような嫌味なところがない。
GOLDEN J-POP/THE BEST 山口百恵(1973〜80年)

なにかとオーディオ・マニアに敬遠される歌謡曲だが、私的にはオーディオ再生のイロハを教えてくれる教科書のような存在である。なんといっても音楽ジャンルが広大で、演歌、ラテン・リズム、ハードロックと何でもアリである。映画女優としても最高のエンターテイナーだった山口百恵は、ここでも歌の役づくりに没頭して、女学生の初恋からツッパリ女の愛憎、親子の愛からさみしい女の性(さが)まで見事に演じきっている。PIEGAで聴く山口百恵は、一見ボーカルが引っ込み気味だが、インストの妙が浮き彫りにされて、ワイドスクリーンでロケ地の背景までくっきりしたなかでの自然な立ち姿が聴ける。ハードロックだと思っていたプレイバックPartIIが、実はラテン風のフラメンコのリズムだったというのが発見の糸口。もちろん横浜を題材にしたニューミュージックの軽やかな風のような雰囲気はPIEGAの独断場だ。


 あまりキワモノばかり良いというと、PIEGAが特殊なスピーカーかと思われても困るので、普通に相性の良い録音を紹介する。清楚ななかに高いポテンシャルを秘めるのがPIEGAの特徴だ。

イパネマの娘(1963年)
アントニオ・カルロス・ジョビン

ボッサ・ノヴァをジャズに取り入れた最初の録音で、米VerveレーベルのWithストリングスの流れを汲むムード満点の音楽だ。ジョビンの淡泊なプレイがかえって南国の風を運んでいるようで、なんともリラックスさせてくれる。フリー・ジャズに突入する時代に桃源郷をみた感じで、その後のボッサとジャズの蜜月を象徴する金字塔である。PIEGAで聴くと、ストリングのリバーブなど録音の構造がある程度見えてくる一方で、何もかも裸にしてしまうようなところはない。音に許容力というか包容力があるのだ。それでいてリズムセッションの出入りが明確で単調に流れていかないのが良い。
THE KOLN CONSERT(1975年)
キース・ジャレット

ECMサウンドを生み出した歴史的な録音。オペラハウスでジャズピアニストがひとり76分もインプロヴィゼーションを披露するという異例のコンサートの記録だ。これより前にもドイツ各地で同様のコンサートを開いていたが、これを聴いた米インパルスがキースとのアーチスト契約を解除。それをマンフレート・アイヒャーが自分のレーベルに招きこの録音をリリースした。オペラハウスの残響を十分に取り入れつつ録音された本作品は、それまでのブルーノート的な近接録音で録られたジャズのイメージを全く覆す内容で、ことあるごとに称賛と批判の先陣に立たされてきた。PIEGAではその幻想的なイメージとは裏腹に、芯のあるタッチが浮きだってきて、これがジャズピアニストによる演奏なのだと確信させる。幻想的な部分はキースがペダルを多用していたのが原因で、そのなかで鋭いタッチはそのままに再現されるため躍動感が出るのだ。
AVALON(1982年)
ロクシー・ミュージック

ケルトテイストのポップというのはこれより以前からあったが、ダンスミュージックに取り入れて世界的にヒットしたという意味で画期的だったもの。ブライアン・フェリーの男の色香が取り沙汰されるが、豊かな残響のなかで全てが融合しつつ、タイトなリズム・セッションとのバランスを取るのが難しい録音でもある。PIEGAではエコーがスムーズに推移するなかで、打音などのピーク成分も分離良く聴ける。もちろんフェリー男爵のボーカルも吐息までどっぷりと。
LOGOS(1982年)
タンジェリン・ドリーム

ドイツの老舗シンセサイザー・バンドのロンドン公演。積み上げたアナログシンセの壮観な佇まいもさることながら、46分に渡り唯我独尊で続ける音楽の総伽藍は圧倒的な感じがする。こういう一品物のライブはヨーロッパでしかやらず、アメリカではショウピースを細切れに紹介するかたちで進行する。そういう意味ではタンジェリン・ドリーム自体が観衆と造り上げてきた電子音楽の歴史のようなもので、ある種のモニュメント(記念碑)でもある。翌年にフランクフルトで行った映画監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー追悼公演では、同じモチーフを使った違うバージョンが聴ける。この録音もステージ上で曲想を練るキーボーディストたちのの長い道のりに立つひとつの哩標石であったことが判る。PIEGAで聴くと、ライブ録音のハンディを感じさせないほどに潤いのある音で、曖昧になりやすいシンセの立ち上がりも明快である。とくに遠近感のミキシング操作をしていないにも関わらず、彼らが着想したアイディアが立体的な音として飛び交う。PIEGAのモダンデザインと最も適合した音楽でもある。



 ページ最初へ


【音調を整える】

 1950年代からのHi-Fi録音で使われたマイクは、ほぼ例外なくノイマン社の大型ダイヤフラムのコンデンサー・マイクが用いられていました(A図)。このマイクはほぼフラットな特性のなかに中高域に幾分の輝きのあるキャラクターをもたせてありますが、これは精度の良い金属箔を用いたダイヤフラムを2way化することによって高域を持ち上げているからで、深く伸びた低音と明瞭な高域が得られ、大型ダイヤフラムだけがもつ、2kHzにあるリッチな艶はアナログテイストの代名詞として今も愛されています。一方で、低域の回り込みによるブーミーな膨れあがりや、中高域でのカサカサした音などを過敏に拾う癖もありました。

 こうしたノイマン型マイクの特性を考慮してニュートラルな音調に整えるには、以下の方法が有効です。ひとつは実際の収録音圧と再生音圧の差分を補うためにラウドネス補正を掛けること、ふたつめはコンデンサー・マイクの近接効果(中低音が膨れあがる現象)をキャンセルして音調をスマートに収めることです。これらを補正して聴感上フラットにしたのがB図です。(このことに関する仔細なデータはAES研究部会のBruce Bartlett氏の論文参照) B図から判ることは、一般にフラットなままの特性ではプレゼンスが強すぎて中高域がうるさく、逆に8kHz以上のアンビエンス成分が薄く感じられ音がくぐもることが判ります。
 ちなみにラウドネス補正のみのC図の特性は、1950年代の英米で流行ったもので、ビンテージ・スピーカーにはお馴染みのものです。音離れが良いことで知られるものですが、録音はフラットに録られることで実力を発揮します。





 ノイマン社製コンデンサー・マイクの正面特性
若干高域に癖がある



ノイマン社U87



ノイマン社製マイクの近接効果と
ラウドネス補正を考慮したカーブ

C

普通のラウドネス補正カーブ

 ノイマン社はドイツの老舗ですが、PIEGA社のあるスイスのチューリッヒはドイツ語圏で、ここら辺のサウンド志向も似ているのかもしれません。リボン・ツイーターの抜けの良さと、コーン・ウーハーの暖かみのある音調は確かに似ています。パンチングメタルのグリッドを備えたPIEGAの見栄えは、何となくコンデンサーマイクを拡大したかのような感じに見えてきます。ふたつはバウハウスに始まるモダンデザインに通底する同じデザインの伝統に立ったものといえます。
 ドイツ的な音の質感で憶えていたのが、20年前にとある店で聴いたクラングフィルムのスピーカーで、大型ホーンの2wayで高域など伸びてないのに、シルキーな中域でそのまま音楽で包み込んでしまうような物腰の良さが印象的でした。そうした60年前から育まれていた技術の粋が、今のHi-Fi録音の原点というのは疑いなく、今回その伝統を再確認した次第です。
 これまで不自然に感じていたノイマン社のトーンですが、ここで一気にノイマン社のドメスティックな伝統に回帰したような感じです。その意味で敵の軍門に下ったという表現が適切かもしれません。

 今回のトーンは、赤ちゃんのために小音量でも聴けるものに調整してみました。B図との違いは100Hz〜900Hzを右肩上がりにしている点で、若干前のめりになる音調です。これが50年以上前の埃を被ったような録音をみるみる甦らせたのですから、まさにケガの功名というべきでしょう(懐が痛いという意味も含めて)。


 今回の音調:小音量向けに合わせたがサプライズの連続だった


 ページ最初へ



【ドイツ製の音響機器】

 邂逅邂逅と書いて置いても何のことやら判らないので、ここでドイツ語圏でのスタジオ用音響機器を年代別にピックアップします。ドイツは音響産業の早い時期から共通規格でのシェア割りをする形態があり、最初は映画産業のKlangfilmに技術集約され、その後放送系のTelefunkenに移り、1960年代から各社が独自ブランドに戻るという感じになっています。そのため1930年代から1960年代までは、ひとつの筋の通った録音になっています。

  マイク レコーダー ヘッドホン スピーカー
〜1930's
Neumann
CMV3
1928

AEG
Magnetophon K1
1935

Beyerdynamics
DT48
1937

Klangfilm
Eurodyn
1935
1950's
Neumann
U47
1952

Telefunken
M15
 
Telefunken
085
1960's〜
Neumann
U87
1967

Studer
A80
1970




AKG
K240
1975
 

 こうして見るとHi-Fiの基本セットは1930年代には完成していたようです。当時のドイツからの放送を聴いた外国の人たちは、テープ録音を生中継と勘違いしたというのですから、ドイツの人々は無料でこうしたサービスを受けられたというわけです。そのためテレフンケン製のスピーカーは、ラジオ用は非常に多く見受けられますが、スタジオ用ともなるとたまに出物がある程度でしかも高値の華です。これはノイマン社のカートリッジと同じく、門外不出の品というべきものでしょう。1960年代以降はスイス、オーストリアの製品が優勢になってきますが、基本的なトーンには共通点があります。

 ページ最初へ


【日本製でもドイツ・デザイン】

 自分持ちの機器のなかにもドイツ人デザイナーのものがありました。CECにはカルロス・カンダイアス氏というスペイン〜ポルトガル系のドイツ人が居て、スマートでリーズナブルなオーディオ製品を設計しています。CDトランスポートのTL51Zを設計したのも彼です。多くの日本製と同じ角張ったデザインだが、あらためて見るとドイツ・デザインの系統を受け継いでいます。付属のように買ったDAコンバーターのDX51もデジタル信号をAES/EBU出力で繋ぐとシルキーで安定した音になり、意外に買い換える気が起こらない不思議な製品なのです。全体に低域モリモリという音ではなく、少し足らないというくらいにスマートに収めています。この辺はオペアンプの音をそのまま出力している感じで、基本的な音の鮮度を優先しているように思います。

ベルトドライブのターンテーブル方式(TL51X)

 日本とドイツ・モダン・デザインの付き合いは意外に古く、バウハウスに学んだ山脇巌、道子夫妻によって1930年代に紹介されて以来の伝統があります。モダニズムそのものは何となく高度成長期の功利主義に飲み尽くされた感はあるが、日本のモダン・デザインを見直すきっかけになると良いように感じています。

 ページ最初へ



【スイス製の血筋】

 スイス製の音響機器で忘れてはならないのが、NAGRA社のポータブル・テープレコーダーで、正確さと堅牢さを兼ね備えた名器でした。特に野外ロケには欠かせない一品で、多くの歴史的瞬間を捕えてきました。小型であるにも関わらず、テープ速度の安定性も良かったので、テレビでのインタビューの編集など、フィルムとのシンクロにも十分に耐えられる品質をもっています。


    歴史的名器 NAGRA III

 スイス製のレコーダーの老舗にはSTUDER社がありますが、STUDERが少し艶やかなビーナスのような存在なら、NAGRAは知的なミネルバのような感じです。STUDER社がNeumann社やShoeps社のマイク、AKGのヘッドホンという流れなら、NAGRA社はSENNHEISER社のマイク、BeyerDynamics社のヘッドホンというように、同じ独墺系でも生真面目な感じの機器を選ぶ傾向があります。(面白いことにSENNHEISER社のヘッドホンは艶やか、BeyerDynamics社のマイクは暖色系と、同じ会社でも違った傾向をもっています。)かといってNAGRAの音がカチカチのソリッドというわけでもありません。あえていえば機材という存在を無くした、空気のような存在というべきでしょうか。その辺がスイスの職人的な一面を浮び上がらせています。

Beyerdynamics DT48

SENNHEISER MD441U

 実のところ、PIEGA社も当初は前者をターゲットに置いていたような感じがします。いわば洗練されたスイス・オーディオの一翼を担う感じです。しかし最近の傾向はもう少し融通が利くような感じで、いわば誰にでも受け容れられるユニバーサル志向に転じているように思います。
 この辺は好みの分かれるところですが、オーディオの歴史との相関に考えさせられるところ十分です。個人的には無個性という個性に投じた結果、山のように積み上がるCDを新鮮な気持ちで楽しむことができるので良かった、とだけ伝えましょう。


 ページ最初へ