トーキー・サウンド
文化的背景
トーキーは映画興行を総合芸術の域にまで持ち上げた画期的な出来事でした。最初のトーキーは役者が唄うシーンになるとレコードを掛けるという単純なものでした。やがて光学録音帯(サウンドトラック)がフィルムに焼付けられるようになると、役者のセリフや様々な効果音などが映像とリアルタイムで扱われるようになります。この光学録音の記録方式に、WEは縞模様によるデンシチタイプ、RCAは波模様によるエリアタイプを採用し、それぞれの特長を生かした映画サウンドが展開されます。(サウンドトラックの文様はここのリンクを参照) ワーナーやMGMがWE系列、RKO、パラマウント、コロンビアがRCA系列ということですが、一般にWE系は中域の陰影が深くミュージカル映画が得意で、RCA系は高域のパリッとした音でアクション物が得意という感触はあったようです。WEは通信関連のATT社の研究開発機関であり、RCAはGE社とマルコニー社の合併したラジオ総合メーカーでした。いずれも国策的な意図のもとに造られた会社でしたが、映画興行での縄張り争いは、丁度レコード販売がそうであったように比較的自由に行われてました。
ちなみにトーキー以前の活弁というスタイルは日本独特のものらしく、トーキー映画の反対キャンペーンに出たのはアメリカでは銀幕の俳優、日本では活弁師だったようで、この辺も面白いことです。トーキーは基本的に技術導入がアメリカから来ましたから、大映や松竹がWE系、東宝がRCA系という振り分けで進行していきます。
いずれの映像音響機器も劇場毎のリース契約で行われ、映画興行の場合にのみ使用が認められるというものでした。ですから業務用の機器を家庭で楽しむということは法律上でも無理な話で、観たいなら何が何でも映画館に駆け込まなければならない実状がありました。今のビデオ世代からすれば不思議な気もします。
しかし戦中辺りから反トラストの気運のなか大型企業の独占状態に歯止めが掛けられ、一種のクロス・ライセンスが生まれました。RCA自体は既に解体の方向にありましたが、WE側からはAltecとIPCがサービス会社として生まれます。AltecはWE機器のメンテナンス会社としてスタートしますが、IPCはRCAへのライセンス供与のサービスを行う会社でSimplex社のシステムを販売してました。後にWE社はそれまでの独占的な技術販売から広く特許収入に頼るようになり、劇場機器ではWestrex社やAltec
Lancing社などが直接的に製造・販売・メンテナンスにいたるまで行うことになります。IPCのアンプに書かれた文言を写しますと以下のようになります。
”Lisenced by Western Electric Company, Inc. under United States patents
of American Telephone & Telegraph Company, Western Electric Company,Inc.
and Electrical Research Products Inc., for use only in connection with
the exhibition of motion pictures, and by Radio Coporation of America only
for sound motion picture reprodution in places other than homes.
The manufacture, sale and/or lease of this apparatus does not imply any lisence under any patent relating to the structure or manufacture of radio tubes, light sources or sound records.
INTERNATIONAL PROJECTOR CORPORATION
88-96 Gold Street New York N.Y. ”
訳)「WEよりライセンスを受けており、アメリカ国内でのATT社、WE社、ERP社の特許は、家庭を除く映画館での上映に関してのみ、RCAのサウンド・モーション・ピクチャー再生装置の代替として用いることができます。
この製品の販売とリースは、他の特許によりライセンスを受けた部品や製品、真空管、映写フィルム、録音ソースに適用してはいけません。
IPC ニューヨーク ゴールド・ストリート 88-96」 |
こうした利権関係の間で頭角を現してきたエンジニアがJBLの創業者ジェームズ・バロー・ランシング氏です。ランシング氏の最初のスタートはMGM社への映画館用スピーカーであるシャラー・ホーンの開発や、レコーディング・モニターのアイコニックで名を馳せます。その後会社を興しますが失敗し、会社はアルテック社に買収されランシング氏は5年契約で務めることになります。この間にシャラー・ホーンはAltec社の他にIPC社を通じても販売されます。そこで開発したウーハーやドライバーで組んだシステムは、MGM社のコンペでRCAとJensenを破ってthe Voice of the Theater(VOTT) の称号を得て、アメリカ中の劇場にむけてアルテック・ランシングの銘柄で販売されます。5年の契約を過ぎるとランシング氏はJBL社を興し、最初はホームユースの販売、後にはコンサートPA、レコーディング・スタジオ、映画館へと進出していきます。特にドルビー研究所との関係は深く、今でもドルビー・サラウンドなどの開発にはJBLのスピーカーがリファレンスに使われています。そうした移りゆくフォーマットに対し追従性をもって挑んできたことが成功の要因かもしれません。そのため1950年代と1970年代のJBLではサウンド・キャラクターが異なるというのが一般的な意見です。同じ時期にWEの特許を受けて活躍した企業はAltecの他にMotiograph、Truesonic、Langevin、Westrexなどがあり、この辺がアメリカのオーディオ産業が最も贅沢な時代であったと思います。
シャラーホーン(1936)
低域はフロントロードホーン |
A-2システム(1944)
低域のホーンはショート
代りにバス・レフレックスを採用
|
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再生機器
過度期にあった1950年代の再生機器)
ここまでが普通に知られることですが、実のところ戦前のウーハーの開発はGEがダイナミック・スピーカーの特許を持っており、その製造元のMagnaVoxがRCAへ、MagnaVoxから飛び出したJensenがWE系に、それぞれOEMを行っていました。どちらかというとMagnaVoxが厚手で円やかな音調なのに対し、Jensenが乾いた切れ込みある音調です。これはフィルムでの光学録音の音調とは逆の組合せで、ライバル同士が凌ぎを削りながら開発に当たっていたことが判ります。
ここで問題にするのは1960年代までの映画音声に関するニュートラルな設定が、ドルビーNR以降の映画館のシステム換えで一般に確かめられなくなっているのではないか?という疑問です。WE系とRCA系のこうした互いにミスマッチな音調がDVDでオリジナル・サウンドトラックという鳴り物入りで自由に販売されるようになった現在で、どのような対処をすればよいか。。。これが難問なのです。WE〜Altec系の機器は市中によく揃っており対処の方向があるのですが、RCAの機材は元々OEMの集合なのとリビング・ステレオの時期のHi-Fi機器が覆い被さって、ほとんど全体像が見えなかったのが本音です。数少ないヒントは1940年代に行われたWEのライセンス供与で、この頃のWEとRCAの高域のキャラクターの違いはそのままアンプの再生特性にも現われていて、アンプ内にイコライザー回路を入れることで対処しようとしていたようです。しかしながら1945年に米国の映画芸術科学アカデミーでAltecのVOTTが標準とされて以後はAltec社のPA機器がほとんどの映画館を占有してしまうまでになります。逆にWEのデンシチ方式の光学音声は、フィルムがカラー化された際に音量のキャリブレーションが難しかったらしく、現在ではオリジナル・フィルム以外ではほとんど観ることがありません。ほとんどの場合は保管用にエリア・タイプのフィルムに焼き直したものを使っているのではないかと思います。このことも映画音声のキャリブレーションのひとつのハードルになっているかもしれません。
1930年代のアカデミー特性
|
一般にはアカデミー・カーブが当時の映画館の音響特性の規格として知られますが、これは映画音声の品質管理をするために既存の映画館をリサーチして最低限の特性を念頭に置くようにしたものなので、映画館によっては理想的な音響を有する所も存在したかもしれません。AltecのVOTTでは高域用288ドライバーが既にロールオフする特性になっていて、スタジオ用の604スピーカーとの違いが明らかに出ています。しかしこの点を踏まえても当時は音響に関するスタンダードな考え方に多少のバラツキがあったと考えるべきだと思います。何よりもアカデミー協会の実権がそれほど各映画館に浸透するようにも思えず、特許により独占的な地位を保護されて機器の納入を直接的に受け持つ映画会社の思惑のほうが先行すると考えるほうが自然です。
こうした配給元の音調の違いは1960年代まで続きますが、1970年代からは光学録音にドルビーNRが用いられるようになり、こうした問題はあまり無くなりました。1950年代後半から磁気テープでのマルチトラック編集が一般化してから、磁気テープを使ったシネテープが用いられた時期がありました。セリフ、音楽、効果音の3トラックを備えた立派なマルチトラックです。しかし映画館では繰り返し使う際に磁気膜が剥がれやすい欠点があったため、シネテープはもっぱら放送業界で使われるようになります。光学録音帯には効果的に音を詰め込む職人的な技術が要るらしく、今ではてっきり名人芸の域になりジプリ作品には光学録音の技師さんの名がクレジットされてます。 |
シネテープが不評だったもうひとつの問題に光学録音から磁気録音に移行する際の周波数特性のキャリブレーションがありました。例えばRCAの1958年のメンテナンス・マニュアルには以下のような記述があります。これは4chサラウンド(MGM社のパースペクタ方式)収録が当時から行われていたにも関わらず、最新の設備が整わない映画館が多かったために行われた方法です。
" When the integrator is not furnished:
- If surround speakers are used, the fourth track usually feeds all three groups of surround speakers simultaneously
- Where no surround speakers exist, but three stage speaker channels are
used, it will be necessary to feed the fourth track signal into the center
stage channel, as the fourth track carries essential information which
must not be omitted. Because the recording level of the fourth track is
higher than that of the other three tracks, its output must be padded down
(by trial) if a separate volume control is not included in the system.
- Where no surround speakers exist, and only one stage speaker is used,
the outputs of all four tracks must be mixed together and fed into this
speaker. If only one preamplifier is used, soundhead outputs #1 and #3
are to be connected in series aiding to the amplifier input. Output #2 and output #4 are to be connected in series aiding and paralleled with #1 and #3 into the amplifier input. It will probably be necessary to pad down output #4 by trial.
In any of the above three situations, it will be necessary to attenuate
the high and low frequency amplifier response to eliminate the highfrequency
film noise (above 5000 cycles), and any possibility of thumps, intermodulation,
or other extraneous sounds from the low frequency control tracks. if the
amplifier incorporates HF and LF compensation, (such as found in the MI-9335)
these may be used. If not, external filters must be obtained and inserted
into thecircuit between the preamplifier and the power amplifier. Such
filters must: -
- Have cutoff frequencies of 60 (HP) and 5000 (LP) cycles per second, respectively;
- Have input and output impedances which match the preamplifier output and power amplifier input, or intermediate link circuit impedance, as the case may be."
訳)「もしもインテグレーターが供給されなかった場合
- サランド・スピーカー使用時には4トラック目を常に3つの全てのサラウンド・スピーカーに供給してください。
- サラウンド・スピーカーは使わずにステージ上のスピーカーを使用するときには、、4トラック目は省略できない必要不可欠な情報を伝えますので、センター・チャンネルに4トラック目の信号を送る必要があります。4トラック目の録音レベルは他の3トラックより高いため、個別のボリューム・コントロールがない場合は出力を(調整しながら)下げるべきです。
- サラウンド・スピーカーがなく1台のステージ・スピーカーしかないときには、4つの全てのトラックをミックスしてスピーカーに供給するべきです。もしプリアンプが1台しかないときは、音響出力の内1chと3chを直列につなぎアンプに入力します。2chと4chは直列につなぎ、1chと3chとは並列にしてアンプに入力します。多分4chは出力を調整しながら下げることになります。
この3つ情況では、アンプの特性の高域と低域を加減し、(5000Hz以上の)高域のフィルム雑音や、低音に含まれる衝撃音や混変調ノイズ、外来ノイズを抑えたりする必要があります。もしもアンプに高域や低域の補正装置が取付けられている場合、(例えばMI-9335のような場合)これらは使用すべきです。もしなければ、外付けのフィルターをプリアンプとパワーアンプの間の回路に含めるか挟むべきです。フィルターは以下のようにすべきです。
- 60Hz以下と5000Hz以上の音をカットする。
- プリアンプとパワーアンプのインピーダンスを合わせるか、場合によっては中継回路を設ける。」
|
※インテグレーターとは4chパースペクタ方式の音響コントローラ(デコーダー)のことでサウンドトラックの超低音域にコントロール信号(Left:30Hz
Center:35Hz Right:40Hz)が含まれている。ここで60Hz以下の音声をカットする必要があるのはコントロール信号を除去するため。
ここで注目すべきなのは最新の4ch再生に対応しきれない映画館が多かったこと、その際には再生周波数を50〜5000Hz程度に抑えることがあったという点です。このため当時のアンプ、RCA社のMI-9335やMotiograph社のMI-7505には高域のイコライザーが組み込まれていました。またSimplex社の映写機に組み込まれた音響ヘッドには低音カットのフィルターが組み込まれているので新規に必要ない旨も見受けられます。今のホームシアターの規格競争の情況は、そのままこの時代においても繰り返されていたことが判ります。
この高域のカットについてですが、Altecの1954年のマニュアルにはAQ-2958イコライザーの補足に次のように記されています。これは上映前の宣伝フィルム(従来の光学録音)との音響があまりにも違いすぎるために、手元の可変式イコライザーで調整した様子が記されています。
"A test sample of "Gone With The Wind" as released for
Perspecta Sound gave very pleasing results in one theatre with the following
system curve:
40
|
70
|
130
|
300
|
500
|
2000
|
3000
|
5000
|
7000
|
8000
|
-
|
2.0
|
2.3
|
0.6
|
0.1
|
-0.2
|
-1.4
|
-5.6
|
-12.1
|
-15.3
|
We have no information as to whether or not this curve will be suitable
for other theatres, and it is believed that in most cases the high frequency
response should be better.You may find that on installations using 7400
reproducers and 7381 preamplifiers that the low pass filter section of
the equalizer need not be connected; the normal roll off of these optical
systems being sufficient."
訳)「パースペクタ立体音響でリリースされた「風と共に去りぬ」を例にとって、ある劇場でとても心地よいサウンドが得られたカーブは以下のようなものだった。
(表の調整カーブ)
我々の情報だけでは他の劇場でも同じように巧くいくかどうか判らないが、ほとんどの場合には高域特性が改善されると確信してる。もし君が7400再生装置と7381プリアンプで高域フィルターを使うのでイコライザーをつなげる必要がないと思うなら、従来の光学システムの自然なロール・オフがぴったりなのだろう。」 |
後述するTHX規格でのホームシアター機器の周波数補正の提案とは別に、1950年代の映画館の現場では高域をロールオフさせることが望ましいと考えていたことが判ります。この辺が今と昔の聴感的な音環境の違いではないかと思いますが、一方でグラフの特性はアカデミー・カーブとの相関性もあるので、スピーカーの音響特性がフラットに近い状態にあったということも十分考えられます。また磁気ヘッドと光学ヘッドの周波数特性が異なっていてキャリブレーションに難儀している様子も伺えます。
ちなみに1939年のRCA PG-138システムの周波数特性と1944年のMotiograph MA-7505アンプのフィルター特性を以下に示します。いずれも周波数フィルムを再生したときのアンプの出力特性ですので光学ヘッドを含めた特性です。面白いことにRCAにも供給されていたMotiographのアンプでは、Altec(2kHzから完全に減衰する特性)とRCA(中高域を持ち上げた特性)のそれぞれのキャラクターの違いに対応できるようになっています。
RCA PG-138システム(1939)
中高域の持ち上がった特性 |
Motiograph MA-7505アンプ(1944)
いくつかのキャラクターが調整できる |
同様のイコライザー回路はIPC社から供給されたSimplex社のアンプにもあって、最初期のAM-1001には低域と高域の調整回路が付いていますが、後の1950年代に出されたAM-1026ではわずかな高域補正が付いているのみです。ここら辺も戦前のライバル間を縫って販売された機材の葛藤が見え隠れします。これからも判るとおり様々な技術開発が投入された時代のなかで、映画の音声は過去の音響特性との摺り合わせにこだわり続けていたことが判ります。この辺が1940〜50年代に製作された映画のサウンドトラックと機器との乖離状態を表わしているように思います。
Westrex社のCCD光学ヘッドの録音-再生特性
現在のXカーブ(ISO2969)
典型的なカマボコ型 |
このように磁気テープと比べて高域特性に課題のあった光学録音でしたが、1970年代にはドルビーNRが採用され高域特性が改善され、光学ヘッドもCCDを使い左のような録音-再生特性が得られています。これならフラットな再生で問題ないように思われますが、実際には戦前のアカデミー・カーブから移植されたXカーブという再生特性の規格下で音声が収録されるので、高域をブーストして音声をキャリブレーションしています。これが長い歴史を持つ映画業界のサウンド・ポリシーとして受け継がれてきたのです。
サウンドトラックの規格は戦前のアカデミー・カーブから現在のXカーブまであまり大きく変化しておらず(フラットの位置が1kHzから2kHzに移った程度)、いわばオリジナル・サウンドトラックというロゴには大きな落とし穴があります。先のWE対RCAという問題とも合わせて高域のキャラクターには少し留意する必要があるように思います。
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ホームシアターは修羅場)
ここで現在のホームシアターにおけるサウンドトラックの再生情況を考えてみます。家で映画を楽しむという習慣は1950年代のテレビ放送から始まります。映画のビデオ・パッケージはテレビ放送用のテレシネ変換の技術が応用されて造られています。これが実際にホームシアターと呼べる品質になったのは1980年代のホームビデオの普及以降か、LDの発売からのことかと思います。これはAV機器が設計された年代が80年代以降のものであるということを指しています。アニメの項でも書きましたが1980年代のブックシェルフ型3wayスピーカーは肉声の定位が悪くホームシアター向けではありません。しかし90年代に流行した小型2wayは定位は良いが能率が低く大人しい鳴り方のものがほとんどです。いずれにせよこれでは50〜60年代の映画の再生はほぼ壊滅状態です。サラウンド再生を楽しむために80年代以降の映画を選べば良いというのでしょうか? それは私にはありえません。
あるAV機器専門店に行って質問したことがあります。「昔のモノラル音声の映画を楽しむのに良いセンタースピーカーはないでしょうか?」店員の答えはありませんでした。誰が好きこのんで戦争映画を毎日観るのでしょうか? AV業界全般の映画文化そのものへの無関心には呆れて物が言えません。かといってWEやアルテックを扱うビンテージ・ショップではJAZZかクラシックの特定のジャンルの再生にしか興味がないので、ほとんど映画の話しができません。なんだか映画音声にはもったいないとでもいわんばかりに、ほんとうにがっかりするほど無関心なんです。これでは私のように路頭に迷う(大袈裟ですか?)人も少なくないのではないかと思います。
この点に関してTHXでは、ホームシアター機器での映画音声には劇場用音響特性のXカーブに合わせた補正(Re-Equalization)をかけてあげなければいけないという提案をしています。いわば館内の音響特性では高域がロールオフする際の補正を録音側で行っており、これを家庭用のフラットな特性のスピーカーで聴くとカン高い音になるということです。以下はTHXの"Re-Equalization”に関する文です。
"An important step in THX Home Theatre processing is to correct
the over-bright sound of movie soundtracks. Movies are mixed in cinemas
with a controlled high frequency roll-off, called the "X-Curve".
This curve, an international standard, is part of every mixing and cinema's
playback system because high frequency roll-off is appropriate for sound
sources that are not close. But since home listening distances are shorter,
audio mixed under the "X-Curve" sounds too bright when played
back through flat response speakers.
To match sound for smaller spaces and distances, THX uses a special Re-Equalization
Curve, designed for home environments, to restore the correct tonal balance
of a movie soundtrack."
訳)「THXのホームシアターに対する重要なステップは映画のサウンド・トラックのカン高い音を補正することです。映画館で合成された音響はいわゆるXカーブによって高域がロール・オフするように調整されています。この特性は国際規格ですが、映画館での再生装置の全てを合わせた状態で、すなわち狭くない空間で鳴るようにソースは高域の減衰に合わせてあります。しかし依然として家庭での試聴は近距離でおこなわれているため、Xカーブ用にミックスされた音響はフラットな特性のスピーカーで再生すると非常にカン高い音に響きます。
小さい空間や距離での音響に合わせるため、THXは独自のイコライゼーション・カーブを使い、家庭環境で映画のサウンドトラックの総合的なバランスを補正するように設計しています。」 |
すべてがこうした意見に賛同してくれてサウンドトラックのリマスターに挑んでくれれば問題ないのですが、事実はもっと厳しい状態にあります。いわば映画のリマスタリングは映像に関してはかなりうるさいのですが、音響に関しては古いというだけで断っておけばそれで十分という荒っぽい意見が少なくありません。またTHXのロゴを用いてるソフトはいわゆるサラウンド・ミックスをしてあるものがほとんどで、オリジナルのモノラル音声が重視されるヨーロッパや日本のアート・シネマはほとんどスポイルされます。ただソニー(旧コロンビア)のように昔からテレビ放送に力を入れていた会社は既に特性の補正を掛けているようです。RCA方式のものはテレシネ映写機を初めテレビ放送への技術導入が早い時期から行われたため、もしかすると一般のテレビ音声との融通が利きやすいのかもしれません。
以上の理由から家庭での再生特性をカマボコ型にする作業が必要なのですが、困ったことにこの事に関しては各ソフト・メーカーの態度はまちまちです。単純に雑音を小さくするために高域を極端に切ったもの(1940年代以前)から、古い映画で適切に補正されているがテレビ音声のように深みのない音で肩すかしを食うもの(1950年代)、ノイズが少ないということでカン高い音のままのもの(1960年代)など、実に様々です。このような情況はCDの発売当時にもみられたものなので、DVDにも同じ過度的な情況があるのだということかもしれません。
私なりの推測を整理すると以下のようになります。
- トーキー初期から映像機器はWE方式とRCA方式の独占状態にあり、各社は収録から再生にいたるシステム全体でサウンド・キャラクターを管理していた。この情況は1940年代まで続く。
- 1950年代以降はホーム・ユースでHi-Fi機器が発展するが、家庭での映画上映はテレビ以外では認められておらず、映画館の音響特性は旧来のまま進行する。しかしWEとRCAの対立構造は徐々に緩和され機器間の相互入れ替えも行われた。
- 1970年代にはドルビーNRが導入され音声の品質管理については一応の統一を図れた。しかしこの時点で過去の映画のサウンド・キャラクターはシステム入れ替えによって一掃され本来の音が判りづらくなっている。
- DVD化については、過去のテレビ放送用ビデオと映画フィルムを直接リマスターした音源とでは、音声をニュートラルに戻すノウハウの蓄積が異なるためサウンド・キャラクターに混乱が生じている。
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劇場用機器を飼い慣らす)
Altec 802C+511B、JBL D130
802Cは1200Hzでカット、D130はスルー
(積み重ねただけなので美観は勘弁を)
D130に802C+511Bを-10dBで重ねた特性
少し明るめの音調になると思う
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私自身は、サウンドトラックはたとえモノラルでも昔のしっかりした劇場用スピーカーで聴く方がいいと思います。最初は昔のラジオ用スピーカーでも十分だと思っていました。しかし音抜けの良さといい遠近感の立体的な表現といい、劇場用スピーカーのアクの強さは映画音声に当に打って付けなのです。根が貧乏性というのもありますが、5.1chをミキシングしてでも、中途半端なサラウンドで聴くよりはきっちりした装置でモノラルで聴いた方が役者の演技が心に染みてきます。実際劇場用スピーカーは6畳間程度ならサラウンドにせずとも十分に広がりのある音が展開します。例えばウッディ・アレンのような舞台被れした絶妙なツッコミやボケは、字幕を追って理解するものではなく高能率スピーカーの発する瞬間々々の音からでしか得られません。何よりも環境音の滑り出しが敏感で、演技者の身振りが画面に出ない部分でかなり聞こえてきます。この情報量がバカにならないほど凄いんです。普段でも色んな物音から話してる相手の気配というものが判るのですが、そういうリアルなやり取りが直感的に判るのです。
JBL D130だけでもボーカル帯域は十分なのですが、これにAltec 802C+511Bを加えて劇場用と楽器用の折衷的なPAシステムになっています。Altecの802の前身801ドライバーはランシング氏のアルテック在籍中に開発したユニットで、いわば二世代目のユニットになります。一方のD130はランシング氏がそれまでのMGM〜Altecのキャリアを一新した前向きに鳴るユニットです。D130はネットワークをスルー、802CはJBLのN1200ネットワークでローカットをしています。こういう組合せと同様のものにAltecの楽器用スピーカー1204Bがあって、低域用には421AというD130と同じようなアルミ・センターキャップを配したギター用ワイドレンジ・ユニットが使われていました。AltecとしてはアップテンポでJBLにしては甘めの鳴り方です。
このユニットたちには裏話があって、共にプロ用のニーズを満たしながら実は家庭用に売られていた、いわば羊の皮を被った狼でございます。JBL
D130を入れてる米松箱はAltec社の605Bという同軸2wayが入っていたと聴き及んでいます(JBLでいえばC37相当の箱になります)。605Bはプロ用の604を家庭向きにしたユニット。この箱も銀箱を横にしたような感じですが、どうみても箱の剛性が低くて低音はボワンと出る。Altec
802C+511BのほうはHeathkitへのOEM製品で、本来はLegatoというシステムに付いてたものから流れてきたらしい。かといって完全なコンシュマー・ユースとは違い、コーン紙が同じで極端にマグネットが小さいというように、仕様が省略されるようなことはありません。加えてプロ・ユースで酷使された跡もありませんから、ほとんど未使用の状態で埃を被って保管されて50年間タイムカプセルに入ってたようなユニットです。これらで聴く音は業務用のテンションを秘めながら少し甘めに抑えたビター・スウィートの感覚です。
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ホーンに付いてたラベル |
元のHeathkit Legatoの御姿
デカい割にキャシャな箱? |
Altec 1204B 楽器用PAスピーカー |
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Motiograph MA-7515アンプ 6L6プッシュプル
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アンプはほとんどジャンク品ですがMotiograph社の劇場用アンプMA-7515-Tを使っています。本当はこれに鉄製カバーが付いているのですが、付いてないため配線等は剥き出しです。6L6はメタル管ですが、ガラス管の6L6Gより古いタイプです。このアンプには上記のイコライザー回路が組み込まれているのですが、現状では補正を切ってあります。音は少し甘めの落ち着いた感じで、業務用にありがちな乱暴な雰囲気は皆無です。
見た目はケースの横ツラに真空管を立てたような一見変わった配置ですが、このタイプはどうも映写室モニター用に映写機の間の壁に固定されていたようです。WE社86アンプのOEM版TA-7467の代替として造られたもので、メイン出力(6L6プッシュ)の他に映写室用のモニター出力(6K6シングル)が付いてます。ちなみにボリュームはモニター用出力のものです。同じ映写室用の機材にはフルレンジ755などがあり、劇場用の機材のなかでも家庭に持ち込みやすいものに数えられます。もともとボーカル域を中心に考えていたので、とても扱いやすいアンプだと思います。
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TA-7467の勇姿
本当はこういう虫カゴが。。。
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本来は映写機の間に挟まれて置いてある
映写室のモニターアンプRCA PG-21
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上段:Lexicon社のデジタル・エフェクター
中段:DegiTech社の真空管マイク・プリ
下側:ORAM社のパラメトリックイコライザー
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ここで劇場用のシステムを運用するにあたって入力側のコンディションを調整する必要があります。ひとつはサウンド・キャラクターの調整のためのイコライザー、もうひとつはエコー感を加えるデジタル・リバーブです。いずれも録音用に使われるもので見掛けはツマミだらけの機々械々な出で立ちです。
リバーブについては最近のAVアンプには様々なサラウンドモードが実装されて一般化していますが、要は映画館のホール感覚を部屋で再現しようというものです。実際には昔の映画は録音上の工夫がなされない生声で収録されていることが多く、非常に乾いた音であることが多いです。昔の日本の映画館でも音響特性の悪いところではエコー・ルームを備えていたところもあったらしく、意外に実用的な判断だと思います。
これに録音用の機材を使うのは、モノラル音声に適ったモードが現在のAVアンプには無いこと、リバーブ感の微調整(ウェット〜ドライの調整)ができることが一番の理由です。Lexicon社のリバーブは80年代以降のポップスの録音では必ず使われているもので、デジタル機器に似合わない太い音とスムーズなリバーブの掛かりが売りです。私の機種は最も安いものですが、それでもレキシコン・トーンと呼ばれる独特の音色は健在です。特に派手な音造りをするわけでもないのでこれで十分だと思います。
パラメトリック・イコライザーはORAM社製で、Oram氏は70年代からイギリスのTrident社でスタジオ用コンソールの設計に関わってきた大御所で、ブリティッシュ・イコライザーの父とも呼ばれています。とてもニュートラルな音色を持ったもので、調整の際の位相反転も極小に抑えられています。それでも大体±3dB程度の調整が目安です。
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以上有り合わせの機材を集めるのが精一杯なのですが、モノラル音声を聴くにはかなり汎用性のあるシステムであると思います。逆に音声の明瞭度が高いのでステレオである必要がないようにも感じます。劇場用の機材を家庭に持ち込む際の問題点はデザインの粗雑さから音響特性の荒っぽさまで多々ありますし、扱っている店が少ないのでコンディションを確かめながら選ぶのに時間が掛かります。まとめて買えばプレミアが付いて非常に高いのですが、個別に出物を捜してコツコツ集めると半額くらいまで抑えることができます。元が部品取り替えの容易な業務機器なのでそういうことも可能なのです。私の場合はD130単発に始まってのわらしべ長者のようなシステム構築ですが、逆にワイドレンジ化にあたっての調整法の適度なシミュレーションができたので、通常辿る完備品が好みに合う合わないの禅問答を繰り返さずに済みました。これには古い映画音声の再生というターゲットの狭さも幸いしていると思います。
ここでD130+802Cで聴いたモノラル映画音声のプレビューを参考に書きます。
ハレルヤ |
1929年
MGM |
トーキー初期の傑作で黒人ボードビルが総出演する
ブルースからケークウォークまでジャズ以前の音楽が楽しめる
音は貧しいが舞台セットとアフレコの音の違いが判る
普通のスピーカーではモゴモゴして意味不明になる |
市民ケーン |
1941年
RKO |
オーソン・ウェルズ監督・主演の名作
音声の高域はカットされているが腰はしっかりしてる
劇伴の収録はRCA 44Bで行われ明晰に響くが
セリフはカン高いトーンを持ってる
500Hzを+4dB膨らますと厚手の座った音になる |
監獄ロック |
1957年
MGM |
エルビス主演のロカビリー気分ムンムンの映画
セリフと音楽共にしっとり肉付きの良い音でくつろげる
当時の録音風景も見れるがアルテックのコンソールに
プレイバックはオルソンのラビリンスシステムか |
博士の異常な愛情 |
1963年
Columbia |
コロンビアのものは放送録音に近く編集されるが
これは例外的に映画館風の厚手の仕上がり
ドキュメントと演技の音響の境界が楽しめる
この頃の音声が一番Altecと相性がいいかもしれない |
豚と戦艦 |
1961年
日活 |
日活はWE系のWestrexの音響を用いている
普通のスピーカーではカン高い音で鳴るが
Altecのシステムではとても滑らかで明晰な音になる
オリジナルの保存状態が良いことを示している |
気狂いピエロ |
1965年
フランス |
ゴダール監督の代表作なのだが音は枯れている
フィルム素材をそのままデジタル化した典型的な音
500Hzを+8dB膨らましてようやくバランスが取れる
DVD化にあたって音声収録のノウハウがなかった様子 |
惑星ソラリス |
1972年
ソ連 |
タルコフスキー監督のSF映画の傑作
最近リミックスが出たがモノラルのほうが違和感がない
控えめな演技の背景に意外に細かい環境音が含まれているので
聞き逃すと映画の意味が判りづらくなる |
ブリキの太鼓 |
1979年
西ドイツ |
ニュー・ジャーマン・シネマの騎手シュレンドルフ監督の傑作
この頃だと音質はとても安定してる
セリフ中心の映画なので機材の古さは全く感じない |
ムトゥ踊るマハラジャ |
1995年
インド |
ミュージカル映画だがモノラル音源
声と民族楽器以外は打込みのサンプラー音源で彫りは浅い
逆にエスニックな音に勢いがあってそれが魅力になってる
バランスはオーソドックスで聴きやすい |
以上、サウンドトラックの再生について書いてみましたが、何か結論めいたものが出たかというとほとんど出ていません。そのくらいに市販DVDのサウンドトラックは十把一絡げの情況であり、ホームシアター機器も適切な音響が何かの答えが出ていないように思います。単純にいえば音声のニュートラルな調整にしても劇場用機材のダウンサイズも上手くいってないのです。私は比較的古い映画が好きなので1950年代の機材に焦点を当てましたが、今どきのハリウッド・ムービーが好きな人にはあまり好まれない音だと思います。しかし古い映画は音が悪いのではなく、適切な装置で聴けば今でも新鮮な気持ちで音響が楽しめるということです。とくに昔の映画ほどセリフ中心に進行して、演技者の身振り手振りがしっかりしているので、リアクションが明確に聞き取れるようなシステムでないと楽しみが半減します。最近のものでもモノラル収録の映画も少なくないので、かなり実用的な音響になります。今後はこのスピーカーに見合うだけのスクリーン・プロジェクターが課題でしょうか。
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参考リンク先
サウンド与太噺:アルテック・ランシング関連の歴史など
京都撮影所の録音室から:戦後黄金期の日本映画関係者の話など
黒澤明 東宝DVDオフィシャルサイト:DVD化に関するノウハウを開陳
素晴らしき哉、クラシック映画:1950年代までの映画に関する資料豊富
IMAGICA 専門用語辞書:とかく判りにくい映画業界の専門用語を解説
The American WideScreen Museum:トーキーに関するサービス・マニュアルなど資料豊富
Film-Tech:Manuals内に劇場用アンプの回路図など資料豊富
Lansing Heritage:ランシング氏の設計したスピーカーに関する資料豊富
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